あれは忘れもしません。
わたしが今の会社に入社し、初出社した日の夜のことです。初めての事務所、初めて会う人達、初めての仕事と初めて尽くしの挙句、パワハラの洗礼まで受けたわたしは、猛烈に疲弊していたにも関わらず、一日中緊張していた煽りか、お目めパッチリ。全く眠れません。夜中2時頃までお布団の中で煩悶としておりました。
2時半を過ぎた頃、ようやくとウトウトして来て、眠りに就いたと思った矢先。
寝ているわたしの真横に何やら気配を感じました。
最初は気のせいかなと思いましたが、どうもそうではないみたい。
こ、怖いです。
恐怖の為に少しづつ意識が覚醒して来てしまいました。
季節は夏で茹だる様な暑さ。
4階に住んでいたわたしは窓を開けて寝ていました。勿論、網戸はあるのですが、風通しを良くするために網戸のある方の反対側の窓も少し開けていたので、そこから虫さんか何かが入ったのでしょう。
虫さん。
わたしは苦手です。
段々、本格的に怖くなって来ました。
でも、折角寝付けたのに虫さんの為に起きるのもなぁと躊躇していたら…
何やらモゾモゾと動いております。
その気配。
どう考えても虫さんの大きさではありません。
えっ!
まさかの泥棒?
わたし、殴られて殺されちゃうの?
こ、恐いです!
これはイカン!
流石に呑気なわたしも完全に覚醒してしまいました。
とは言え、まだ目は開いていません。
きっと、侵入者もまだわたしが寝ていると思っている筈です。
これ幸いと、寝た振りから一気に起き上がり、賊に不意打ちを喰らわす作戦を思い付きました。殴られて怯んでいる隙に携帯を取って通報する寸法です。
こう言う時、人間って一瞬で血液の流れが変わるんですね。
それまで寝ていてゆっくりと流れていたわたしの血液が一気に全身をを駆け巡り、アドレナリンもスタートゥフロウです。自分でもビックリする位の勢いで寝床から起き上がれました。
で、殴りかかろうとしたのですが、敵がいません。敵影なし!(敬礼)です。
と言うか、そもそも敵影も何も真っ暗でよく分かりません。
けれども、わたしが起き上がったことで、敵もわたしの気配を察知したことでしょう。
ちょっとビックリした様な気配を感じました。
下の方から。
ん?
下の方から?
賊の人、わたしの隣の床に寝てるの?
そんな馬鹿な!?
想像したらちょっと笑えます。
はて?
でも、わたしは油断しませんよ。
まずは明かりをと思って、いつどこから襲い掛かられても対応出来るように全神経を集中。部屋全体の気配を察知しつつ、素早く明かりを点けました。
すると、
そんなわたしの緊張などどこ吹く風。わたしのお布団の横に、白い子猫が半円を描いて横たわり、不思議そうにわたしを見詰めてるではありませんか!!
あっっ、るぇえええええ~~~~~~~?
何、この状況?
意味が
意味が分かりません????
人間って意味不明の事態に直面すると、硬直するんですね。たっぷり2秒程、子猫様と見つめ合ってしまいました。
その子猫様、毛並みは汚れのない真っ白なのですが、ちょっとゴワゴワしています。
野良?
白猫に多い神秘的なオッドアイが無邪気にわたしを見詰めています。
「ボク、悪い子猫じゃないよ」と言葉は話せませんが目がそう雄弁に語りかけてきます。
その様はまるで天使の様で、翼とニンブスを幻視してしまいそうな程です。
可愛い♡
けど、野良だとしたら母猫はどこ?
侵入口はわたしのお家の窓からだとしても、そもそもここ4階だし、どうやってここまで登って来たの?子猫の力で登って来れるものなの?
雨樋を伝えば可能なのかな?
でも、どうして選りによってわたしのお部屋?
わたしの寝室には猫ちゃんが好むような食べ物は何もありません。臭いに釣られて登って来た訳でもなさそう。
「どうしてお前はここにいるの?
頑張ったわたしへの神様からのご褒美かしら?」
思わず子猫様を覗き込んで、そう呟いてしまいました。
けれども、麗しい子猫様は何も分からないご様子でただ
「にゃあ」
と一声鳴いただけでした。
可愛い♡♡♡♡♡
可愛さに敗北したわたしは、取り合えず何か食べ物をあげようと目を離したその隙を、子猫様は見逃しませんでした。脱兎の如く、その場を離脱。子猫なのに脱兎w
兎さんも可愛いですね♡
じゃない!
子猫様を追いかけて保護せねば!
しっかりしてわたし!
子猫様は寝室を出て隣のギター部屋へ。
自分を叱咤して、わたしもすぐに追いかけて隣の部屋へ。
すると今度は寝室とギター部屋の間の書斎に逃げ込みます。夏だから全てのお部屋のドアを開けっぱなしにしていたのが仇になりました。わたしが書斎に行くとまた寝室へと逃げ込み、そこから侵入して来たであろう窓からお外へ。
わたしも急いで窓を開け放ってベランダへ出ましたが、影も形もありません。
まさか雨樋を伝って逃げてるの!?
危ない!
落ちたら大変!
と即座にベランダの手摺から外を見まわしたのですが、やはり影も形もありません。
その晩は、仕方なくそのままお布団に戻って寝たのですが、色々、釈然としません。
それから数週間が経ち、
わたしも入社した会社がパワハラ体質なんだと諦め始めた頃。あの時の可愛い子猫様は夢だったのかなぁ。夢だったらきっと頑張ったご褒美に神様がわたしと逢わせて下さったのね、なんて風に自分の中で考えを整理していました。
ところが、夕餉の支度をしていると、またひょっこり、あの子猫が現れたのです!
ゆ、夢じゃなかった!
現実だった!!
ならば一体どこから?
どうして家に?
その謎を解明せねば…。
と意気込む間もなく、お猫様は、またしても脱兎の如く窓へと。
わたしも急いで後を追うと、
なんとベランダの境の板の下をくぐり隣の部屋のベランダへ。
で、お隣さんが子猫様に「行っちゃ駄目だよ」的なことを言い聞かせている声が聞こえて来ました。
はっは〜ん。
これで謎は全て解けました。
お隣さん、
このマンション、
ペット禁止ですよ。